寺院紹介
龍

浄土真宗本願寺派長尾山天龍寺沿革

明治35年

宗吉(むねよし)、則重(のりしげ)、七条椛坂(かぶさか)、八本松の門信徒の方々の真宗興隆、門法への熱い懇念が結集され、宗吉字末竹(すえたけ)の地に説教場が開かれ、初代住職として天野尽崇(じんそう)が迎えられ天野説教場として始まる。

尽崇には長男がなく、釈杏坪(きょうへい)が養子に迎えられ第二代住職となる。

昭和16年

海軍省より、説教場があった地域は買収され、現在地に移転となる。

昭和22年

正式に寺号が承認され浄土真宗本願寺派長尾山天龍寺として発足する。

昭和29年

茅葺の本堂の屋根を瓦葺に改修。

平成5年

第二代住職釈杏坪の還浄により、副住職昭文(しょうぶん)が第三代住職となる。

平成6〜7年

表参道の整備、本堂内外の改修、後堂の増築が完了。

住職ごあいさつ

当山は明治時代、旧宗吉村の方々が中心となり、この地に浄土真宗の興隆を願われ、初代住職天野尽崇(じんそう)を迎え「天野説教場」が開かれた所から始まっております。以来、約100年間に渡り、天龍寺にご関係をいただいております門信徒の方々に支えられながら、浄土真宗のみ教えを後世に継承すべく微力ではありますが、護寺・発展に勤しんでまいりました。

この度、近隣の方々に留まらず、広く多くの方と浄土真宗のご縁をいただきたく天龍寺としましてホームページを開設させていただくことになりました。

浄土真宗が開山されて約800年、その期間には栄枯盛衰を繰り返してきました。しかしながら歴史に淘汰されず脈々と継承されてきた中には、普遍的な真理等があるからだと思っております。

日本も高度成長時代、バブル時代、「失われた20年」等を経て現在があると思っております。アベノミクスで少し経済が好転する機会だとマスコミ等では報道されておりますが、一方で人口減少・超高齢化社会の到来による社会保障・医療保険等にかかる経費等は、日本の将来に不安を与えていると有識者の方々が言っておられます。また、尖閣問題等も含め近隣諸国との関係も緊張感が増しております。従来の民主主義・資本主義等の考え方では、スピードが速く、より高度化した社会等では対応が難しい時代を迎えていると警鐘をならされた方もいらっしゃいました。その意味でも今後、益々日本のみならず国際社会は混迷する時代を迎えるのかもしれません。

現在よりさらに物が豊かになり、社会が高度化し、自分を取り巻く環境がどの様に変化しようが、時代を超えて自分の歩むべき道をはっきりとお示しくださっている親鸞聖人のみ教えを心の支えとして、みなさま共に一度の人生を歩まさせていただければ幸いです。

浄土真宗本願寺派 長尾山天龍寺住職 天野昭文

浄土真宗の教え

・浄土真宗の教章(私の歩む道)

宗名

浄土真宗

宗祖
(ご開山)

親鸞聖人
 ご誕生 1173年5月21日(承安(じょうあん)3年4月1日)
 ご往生 1263年1月16日(弘長(こうちょう)2年11月28日)

宗派

浄土真宗本願寺派

本山

龍谷山 本願寺(西本願寺)

本尊

阿弥陀如来(南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ))

聖典

釈迦如来が説かれた「浄土三部経」
 ・仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)
 ・仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)
 ・仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)

宗祖 親鸞聖人が著述された主な聖教
 ・正信念仏偈(しょうしんねんぶつげ)
  (『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』行巻末の偈文(げもん))
 ・浄土和讃(じょうどわさん)
 ・高僧和讃(こうそうわさん)
 ・正像末和讃(しょうぞうまつわさん)

中興の祖 蓮如上人のお手紙『御文章』

教義

阿弥陀如来の本願力(ほんがんりき)によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏(ぶつ)となり、迷いの世に還って 人々を教化する。

生活

親鸞聖人の教えにみちびかれて、 阿弥陀如来のみ心を聞き、 念仏を称(とな)えつつ、つねにわが身をふりかえり、慚愧(ざんぎ)と歓喜(かんぎ)のうちに、現世祈祷(げんぜきとう)などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。

宗門

この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。

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